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第16話 討伐命令

مؤلف: 菊池まりな
last update تاريخ النشر: 2026-08-02 07:36:37

朝霧がまだ山裾に残る時刻、退魔師たちの合同協議は神社の社務所で始まった。

柊は、父の隣に座っていた。

広い畳の間に、各地から集まった退魔師が十数名。老いた者も、若い者も、一様に張り詰めた顔をしていた。上座には連合の長老である桐生きりゅうが座り、白い顎鬚を撫でながら書状を広げている。

「月喰い復活の目撃情報、並びに昨夜の異常なあやかし活性化。これをもって、本協議を開催する」

桐生の声は低く、よく通った。

柊の手は、膝の上でそっと握られていた。

隣の父が、小声で言う。

「柊。今日は聞くだけでいい」

「……はい」

答えながら、柊は心の中で首を振った。

聞くだけでは、いられない。

協議は最初から重苦しかった。

目撃証言が読み上げられる。昨夜、山から溢れた白い光。あやかしたちを一人で退けた、

銀色の瞳の青年。その力の規模。その異質さ。

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  • 月喰いと契りの巫女   第16話 討伐命令

    朝霧がまだ山裾に残る時刻、退魔師たちの合同協議は神社の社務所で始まった。柊は、父の隣に座っていた。広い畳の間に、各地から集まった退魔師が十数名。老いた者も、若い者も、一様に張り詰めた顔をしていた。上座には連合の長老である桐生が座り、白い顎鬚を撫でながら書状を広げている。「月喰い復活の目撃情報、並びに昨夜の異常なあやかし活性化。これをもって、本協議を開催する」桐生の声は低く、よく通った。柊の手は、膝の上でそっと握られていた。隣の父が、小声で言う。「柊。今日は聞くだけでいい」「……はい」答えながら、柊は心の中で首を振った。聞くだけでは、いられない。協議は最初から重苦しかった。目撃証言が読み上げられる。昨夜、山から溢れた白い光。あやかしたちを一人で退けた、銀色の瞳の青年。その力の規模。その異質さ。ひとつひとつの言葉が、朧のことを指していた。「月喰いに相違ない」最初にそう断言したのは、壮年の退魔師だった。北の分家の出身で、桐生の右腕と呼ばれる男だ。「二百年前の封印が解けた。あの力の規模は、人の手に負える相手ではない。今すぐ合同討伐の態勢を整えるべきだ」賛同する声が上がる。柊の胸が、静かに冷えていく。「待ってください」声を上げたのは、柊自身だった。父が隣で僅かに身を固くした。部屋の視線が一斉に向く。柊は膝の力が抜けそうになるのを、奥歯を噛んで堪えた。「昨夜、山のあやかしを退けたのは確かです。でも、村は守られた。誰一人、傷ついていない。それは──」「月喰いが意図的に人を守ったと言いたいのか」壮年の退魔師が、静かに、しかしはっきりと遮った。「あの妖が今は穏やかに見えても、過去に何をしたか知らないわけではあるまい。二百年前、月喰いが引き起こした災厄で、いくつの集

  • 月喰いと契りの巫女   第15話 月喰い覚醒

     協議の前日、山に異変が起きた。 昼過ぎのことだった。 柊が番小屋で朧と文献を読んでいると、山全体が揺れた。地震ではない。霊的な揺らぎだった。柊でも感じ取れるほど、濃い瘴気が山の奥から流れてきた。「朧さん」「わかっている」 朧はすでに立っていた。窓の外を見ている。その目が、鋭くなっていた。「何ですか、これは」「あやかしだ。ただし、昨夜俺の力が溢れた影響を受けている」「影響を受けた?」「月喰いの力は、周囲のあやかしを刺激する。昨夜の余波が、山に潜んでいたあやかしたちを活性化させた」 柊は窓の外を見た。山の木々が、不自然に揺れていた。鳥が一斉に飛び立つ音がした。「どのくらいいますか」「多い。十以上」 十以上。柊一人では、到底対処できない数だった。「麓の村に向かわなければ、問題はないか」「向かう。活性化したあやかしは、人の気配に引き寄せられる。このままでは、山を下りる」 柊は式紙を確認した。今日は多めに持ってきていた。でも十以上のあやかしには、焼け石に水だ。「蒼真さんに連絡します」「間に合わない」「でも」「麓まであと一刻もない。今すぐ動かなければ」 朧は番小屋を出た。 柊も続いた。     山の中は、すでに異様だった。 木々の影が、動いていた。獣の形をしているが、目が赤く、動きが不自然だった。憑かれたあやかしたちが、山を下りようとしていた。 朧は先頭に立った。柊はその後ろについた。「俺が前に出る。お前は後方を」「わかりました」「逃げる場合は、俺より先に逃げろ」「逃げません」「命令だ」「聞きません」 朧が柊を振り返った。その目が、

  • 月喰いと契りの巫女   第14話 それでも信じる

     満月の翌日、退魔師たちの間に噂が広まった。 山間で異常な霊気が観測された。月喰いの復活を示す兆候がある。そういう話が、柊の耳にも届いた。 父が、朝から険しい顔をしていた。 朝食の席で、父は一言も喋らなかった。母が気を遣うように話しかけても、短く答えるだけだった。食事を終えると、書斎に篭った。 柊は食器を片付けながら、耳を澄ませた。 書斎の方から、低い声が聞こえた。父が誰かと話している。文言からすると、他の退魔師家との連絡だった。 月喰いの件について、協議が始まっていた。     昼前に、山に向かった。 今日の竹籠は、いつもより重かった。食事だけでなく、書斎から持ち出せる文献を詰め込んでいた。封印に関する記述、月喰いの弱点、力の制御に関するもの。使えるものが何かあるかもしれないと思って。 番小屋に着くと、朧は外にいた。 昨夜とは別人のように、落ち着いていた。座って山を見ている。顔色も、昨夜の白さとは違う、いつもの静けさに戻っていた。「おはようございます」「ああ」「体は」「問題ない」「昨夜より、顔色がよいです」「月が沈めば、力も落ち着く」 柊は隣に腰を下ろした。山の空気が、昨日より澄んでいた。「退魔師たちの間で、話が広まっています」「知っている。気配でわかる」「朧さんは、どうするつもりですか」 朧は山を見たまま、少し間を置いた。「どうするとは」「このまま、ここにいますか」「お前はどうしてほしい」 柊は膝を抱えた。「いてほしいです。でも、それを言う権利が私にあるかどうか」「なぜ権利の話になる」「私の一族が封印した存在だから。あなたを縛った血筋だから」 朧は柊を見た。

  • 月喰いと契りの巫女   第13話 壊れた均衡

     満月の光が、山全体を白く染めた。 番小屋の中で、柊は朧の手を握り続けていた。朧の全身から溢れる青白い光が、壁を、床を、天井を照らしていた。普通の光ではない。月光そのものが、朧の体から漏れ出しているようだった。「朧」 また呼んだ。 光が揺れた。朧が、柊を見た。その目が、いつもの銀色より強く輝いていた。「……聞こえている」「よかった」 柊は握った手に力を込めた。冷たかった。でも朧の手は、柊の手を握り返していた。「力が、大きい」 朧の声が、少しだけ変わっていた。いつもの静かな声に、何かが混じっていた。「抑えられますか」「今は。でも」「でも?」「月が高くなれば、わからない」 柊は朧の顔を見た。表情は変わっていない。でも目の奥に、何かが渦巻いているのが見えた。「私の声が聞こえなくなりそうになったら、言ってください」「言える状態かどうか、わからない」「ならずっと呼びます。聞こえていたら、返事をしてください」「……わかった」 番小屋の外で、風が鳴った。 木々が揺れる音がした。それだけではない。山全体が、何かに反応しているようだった。鳥が飛び立つ気配があった。獣が遠ざかっていく気配があった。 満月の夜に、何かが起きようとしていた。     一刻ほど、それは続いた。 柊が名前を呼ぶたびに、朧は返事をした。光が溢れるたびに、柊の声が軸になって引き戻した。綱引きのような時間だった。 でも月が中天に近づくにつれて、均衡が崩れ始めた。「朧」 返事がなかった。「朧さん」 光が強くなった。壁の木材が軋んで、隙間から光が漏れた。「朧」「……」 朧の目が、柊を見ていなかった

  • 月喰いと契りの巫女   第12話 疑惑の確信

     満月の朝は、恐ろしいほど穏やかだった。 空が高く晴れ渡り、山の空気が澄んでいた。鳥の声が遠くから届いて、梅の最後の花びらが風に舞っていた。こんな穏やかな朝が、今夜に続いているとは思えないほどに。 柊は昨夜、番小屋に泊まった。 帰れと言う朧を押し切って、結局一晩中そこにいた。朧は夜半すぎに力が溢れかけたが、柊が名前を呼ぶたびに、その揺らぎが収まった。不思議なことに、確かにそうだった。 夜明け近く、朧は縁側に出て月が沈むのを見ていた。柊は毛布を肩にかけて、隣に座った。二人で、白んでいく空を見ていた。 言葉はなかった。それでよかった。 朝になって、柊は一度家に戻った。朝食の支度をして、親に顔を見せて、それから山に戻るつもりだった。 台所で握り飯を作っていると、母が入ってきた。「柊、顔色が悪いわよ」「眠れなかっただけです」「最近、山に行くことが多いわね」「修行です」 母は柊の顔をしばらく見ていた。柊の母は、父ほど霊力は高くないが、人を見る目は鋭かった。「何かあったら、言いなさい」「はい」「お父さんには言いにくいことでも、お母さんには言えることがあるでしょう」 柊は握り飯を包みながら、母の顔を見た。 言いたかった。全部話してしまいたかった。でも言えば、朧のことが父に知られる。退魔師として、父は動く。そうなれば、朧は討伐対象として追われる。「大丈夫です」 また、その言葉を使った。     山に向かう途中、蒼真に呼び止められた。 家の近くの辻で、待っていたかのように立っていた。「柊」「蒼真さん」「今日も行くのか」「はい」 蒼真は柊の持つ竹籠を見た。それから、柊の目を見た。「昨夜、番小屋に泊まったな」 柊は黙った。

  • 月喰いと契りの巫女   第11話 古文書の記録

     満月の前日、柊は父の書斎に入った。 立ち入り禁止、とは言われていない。ただ、子供の頃から「用がなければ入るな」という空気があって、柊は自然とそこを避けるようになっていた。 でも今は、用がある。 書斎は広かった。壁一面の書棚に、古い文献が並んでいる。退魔師の記録、あやかしの目撃情報、封印の術式。父が長年かけて集めたものだ。 柊は背表紙を一冊ずつ確認しながら、月喰いに関する記述を探した。 居間の書棚にあった黒い本には、封印した一族の名前が書かれていたはずの箇所が滲んでいた。同じ記録が、別の文献にあるかもしれない。 三十分ほど探して、一冊見つけた。 題名は『退魔記録 第七集』。柊家の先祖が書き記した、実際の討伐と封印の記録だった。古い和紙が黄ばんで、墨の文字が所々薄れている。 月喰いの項を開く。     記録は、詳細だった。 今から二百年以上前。山間の村々で、原因不明の災厄が続いた。田畑が枯れ、井戸が干上がり、家畜が死んだ。満月の夜には人が行方不明になった。 退魔師たちが調査に向かったが、原因をつかめなかった。あやかしの仕業とわかっていても、その姿を見た者がいなかった。 最初に目撃したのは、柊家の先祖だった。  ──満月の夜、山の頂に人影を見た。白い着物の男。その瞳は月光を宿し、銀色に輝いていた。男が月を見上げた瞬間、満月が欠けた。月の光を、喰らっていた。 柊は手が震えるのを感じながら、続きを読んだ。  ──我らはこれを月喰いと呼んだ。月の光を糧とし、その力は霊力にも妖力にも属さない。討伐を試みたが、傷ひとつつけられなかった。通常の術式は通じない。封印以外に方法がなかった。 次のページに、封印の記録があった。  ──封印には、多大な代償を要した。柊家当主、柊冬弥。彼は自らの霊力の大半を使い、月喰いを封じた。封印の術式は、柊の血筋が続く限り保たれる。しかし、これは完全な消滅ではない。月喰いの力は月とともにあり、満月のたびに

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